王国はいかに亡びゆくか

少年期・思春期論の試み
──アーサー王と円卓の騎士のテーマを手がかりに(再掲載)

「わたしが初めて人間の死体を見たのは、やがて一三歳になるという一二歳のときだった。一九六〇年代の出来事だ。はるか昔のことだ・・・・・・わたしにとっては、それほど長い年月がたったとは思えないときもあるが。特に、死体の開いた目に雹が降っている夢を見て、目ざめてしまう夜中などには。」
          スティーヴン・キング『スタンド・バイ・ミー』(山田順子訳)           
・・・・・・・・・・・・・・・少年期の終わり

 少年期はどのように終わりを告げるのだろう。それはとりもなおさず思春期―青年期の始まりでもあるのだが、その時期において人は、はっきりとした通過点を持つものなのだろうか。
 思春期は「生殖」のプロセスの開始の時であり、いわば自然な生物学的な流れとして、人は少年期から押し出されていく。その通過点を示す自覚的なイベントとして、女子にとっては初潮が、男子にとっては精通がある。それはしかし、精神史的にも少年少女期の終わりを告知するはっきりとした刻印となり得るものだろうか。
  女の子が初潮を迎えて体験する心理的変化については、残念ながら私には自分の体験として述べる資格がない。ただ多くの文化において、初潮というイベントは、それを迎えた当人だけのものでなく共同体あるいは家族の成員がそろって受け入れるべき出来事として取り扱われるため、より自覚的なイベントとしてあるのに対し、男の子の場合はどうだろう。多くは初めての精通を、はっきりとそれがいつであったか自覚しないまま通り過ぎてしまうものとしてあるのではないだろうか。おそらくそれは時に夢精の形を取って訪れることも多いのだろう。それはより個人的であいまいで、どう取り組んでよいかわからない、とまどいの体験としてあるのではないか。
 さまざまな文化と民族において、通過儀礼―イニシエーションは思春期の始まりに一致して、年齢的には、男女とも生殖機能の発現する十一歳から十四歳前後に設定されていた。イニシエーションとは、それに参加したものたちが混沌とした子供時代に別れを告げ、秩序としての共同体に組み込まれることを共同体全体が認知する儀式であり、その形式は共同体ごとに多様であったが、大きく分けて二つの機能を持っていたと思われる。
 ひとつは「性」のコントロールを通しての制度(共同体)への参加という社会的な側面と、もうひとつは「死と再生」の儀式としての象徴的で宇宙論的な側面との二つである。わずかな期間に子供たちは、大人へと変貌しなければならない。鉄を火と水にくぐらせて一振りの剣へと鍛え上げるように、イニシエーションに参加する者たちの意識を不可逆に変容させるのは、宇宙論的な死と再生の儀式を通してであった。通過儀礼のひとつのピークをなす行事として、通過儀礼を執り行う祭司者によって、共同体に伝わる様々な神話や伝説、とりわけこの世界がどのようにして創られたのか、人間とは何か、世界と人間はどのように関わりを持っているのか、といった世界の根源的な意味についての秘儀の伝授が行われた。それによって、子供たちは死者でもなく、生者でもない宙づりの存在から、この宇宙と共同体の中でのコズミックな「場所」を与えられて、共同体の成員の一人としてこの世に帰還して来るのである。
 
  現在、私たちも、成人式や入社式などというイニシエーションのなごりをとどめた、社会的慣習を持ってはいるが、それからは「死と再生」という宇宙論的意義は失われ、「性」を通しての制度への参加という社会的側面のみがかろうじて表現されているにすぎないものとなってしまっている。
 さらに、「性」を通しての社会制度への参加という、かつては一度のイニシエーションですますことのできた機能も、近代においては時間的に二重にずらされてしまっているように思える。つまり少年期の終わりであるところのろの、生殖機能を持ったものとしての「性」という制度の入り口への参加と、思春期・青年期の終わりであるところの、「性」という制度を通して出口である共同体=社会制度への参加という、二度のイニシエーションを、私たちは通り抜けなければならない。
 それはイニシエーションそのものである思春期―青年期の延長(かつては子供から大人への移行に充てられた期間は、数日から長くても数ヵ月であったが、それに対し今や青年期はほぼ三十歳まで延長されている)によってもたらされたわけだが、青年期という本質的にモラトリアムであり、「なににでもなれるが、なにものでもない」という制度の外にいることを許されていた役割から、ある限定を受けて「大人」として制度へ参加していく役割の変化を、現在私たちは漠然と就職や結婚という節目と重ね合わせて見ている。それが青年期の終わりであるとすれば、一方の少年期の終わりは、そのような目に見える形での役割の変化を伴わず、それがどのようなものであったのか、それを体験したはずの 私たちにとっても、見えにくいものとしてある。それは誰もがそれと気づかぬうちに通過してしまう、とてもひそやかなものとしてあるのだ。
 少年期の終わりと思春期の始まりとには、微妙なずれがある。生殖機能を持ったものとしての「性」という制度への参加という最初のイニシエーションは、じつは思春期の始まりを意味するものなのであって、少年期の終わりとは区別して考えなければならないと思われる。心的、精神史的な少年・少女期の終わりは、初潮や精通といった生殖機能の始まりのイベントとは、かならずしも一致するものではない。それは人には語り得ぬもの、語っても伝え得ぬもの、とても私的なものとしてある。あるいはそれは自分自身でさえ、それと気づくことのない意識化されぬ体験、ある種の不在の体験としてあるものなのかもしれない。
 少年期の終わりは、とりもなおさず宇宙論的なイニシエーションの始まりとしてある。
それは現代では、生涯のすべてをかけた終わりのないイニシエーションの始まりを告げるものでもある。では、たとえば、少年期の終わりはどのようなものとしてあるのだろう。私の体験を語らせてもらいたい。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・夕焼け体験
 
 あれは私が中学一年の秋から冬にかけての、年齢でいえば十一歳の終わりから十二歳の初めにかけてのことだったと思う。その頃私は、しばしば下校途中の人波を離れ、校庭の隅にあるグランドを見渡すことのできる観戦スタンドの上に立って、刻一刻と様変わりする夕空を前景にして、ゆっくりと落ちていく夕陽を見つめていたことがあった。それはまだ思春期の幕が、華々しく切って落とされる直前のことであったと思うが、迫り来る思春期の馬蹄のとどろきを予感し始めた頃のことだったのだろう。
 それは今思うと、あの異性を気にしだすころの、甘酸っぱいナルシスティックな気分に導かれた、どこかで反発しながらも異性の目を引こうとする、本人にも理解できない不可解な行為の一端だったのかもしれない。いずれにしろ少年期のエロスが、異性に向けられ始める直前の、対象なくやるせなくただよう過渡的な時期のことだった。
 そうやって落ちていく夕陽を見るともなく見ているうちに、いつの間にか放心状態となり、我に返るまでボーっとたたずんでいるということがあった。ある時、そうした放心の中にいて、突然頭の中でまるでカチッとスイッチが切り替わったかのような感覚が起こり、思考が勝手にものすごいスピードで流れ出し、それをただ呆然として眺めているという状態に陥ったことがあった。その思考は、自分が考えているという自己所属感がなく、思考が自律的に勝手に流れていくのを、自分はちょっと遅れてそれに追いっこうと必死に追いかけていくという じのもので、ある種の自己離人感や自生思考の体験に近いものであったと思われる。
それに襲われると「ああ、またこれだ」と考えた記憶があるので、その状態の体験は一、二回だけのものでは かったはずだ。なぜそれがこの時期に集中したのか、他の人たちも同様な体験を持つものなのかはわからない。流れについていくのがやっと、というその高速度の思考の内容を今となって忠実に再現することは不可能に近い。ただそれが「自分とはなにか」「世界とはなにか」「自分はなんのためにこの世に生まれてきたのか」「この宇宙は どのようにして始まったのか」という、根源的ともいえる問いに関するものであったことだけは覚えている。そ してその問いによってリリースされた思考の壮大な展開というか、その問いそのものをどこまでも高く遠くま で追っていこうとする思考過程が、私にかまわず勝手に先へ先へと流れていくのを、まるで自動操縦のジェット戦闘機に手足を縛られ無理やり乗せられたかのように、ただ行く手を凝視するほかなかった。
 やがてその思考は、ある一点に、宇宙の中心にある究極の「答え」ともいうべきものに向かって、加速度を増してぐんぐんと近づいていき、あともう少しでこの世の秘密にまでたどりつけるという感覚にうなりをあげて切迫していくのだが、「もうこれ以上は無理だ。もはや生身の人間には、これ以上先に進めない。進んではいけない。進んだらどうなってしまうかわからない」という限界まで内圧の高まった爆発感に似た恐怖に襲われて、巨大なブラックホールへと矢のように近づいていく思考の流れから、最後の瞬間身をおどらすようにして反転して目をそらす、すると気がつくとまた、ボーッとタ陽を見ている自分にもどっているのだった。
それは数十秒か長くても数分間の出来事であっただろう。それが通りすぎていったあとも全身を包む異様なほてり感が残り、通常の精神状態にもどるのにしばらく時間がかかったように思う。
  あの思考をそのまま続けていたら、私はどうなっていたのだろう 。それはただの壮大な自日夢というべきものだったのか。テーマが大きすぎて、少年の私の手に負えなかっただけで、今ならばもっと余裕をもって扱える 哲学的思考のめばえのようなものだったのか。だが、あの時ほどなにかを考え抜いたという感覚をその後の私は持ったことはない。あるいはそれはどちらかといえば発達途上の中枢神経系に起きた精神生理学的な反応、たとえば「てんかん」のような脳内の電気的嵐に一時的に見舞われた体験だったのか。いやそれはもっと危険な精神病理学的な出来事として、そのまま進めば、底知れぬ深淵を飛び越えてしまい、もはやこの世界には帰ってこれなくなってしまう、この世の言語では語り得ない「なにものか」と向き合ってしまったかかもしれない体験だったのだろうか。
 
 その頃からだったと思う。夕焼けを、落ちていく夕陽を美しいものとして感じるようになったのは。少年の頃には、夕焼けを美しいものとして「観る」ことがあっただろうか。少年の頃にも夕焼けや夕陽をじっと見つめ続けることはあった。しかしその頃の夕焼け体験は、私の外に起きている出来事ではなく、私の内部で起きていることであり、それは夕焼けが私の中に引き起こす様々な情動の動きによって、私自身が染め上げられる体験だった。
 夕焼けを見ている私は、その落ちていく夕焼けそのものであり、その感覚の中に飲み込まれるようにして立ちつくしていたに違いない。カゴの中で回転車を回しているハツカネズミを見つめる少年が、見つめるものであると同時に、見つめられるハツカネズミになっている時のような。それは少年期のマインドボディ(心ー身ー世界統合体)の感覚である。
 しかし私の場合、一人で校庭に立って夕陽を眺めるようになった頃から、つまり十一歳の終わり頃から、しばしばタ焼けを美しいものとして見るようになったように思う。かつてはそこに所属していたが、もはや切り離されてしまったものへの、郷愁ともいうべき感情を駆き立てられながら。そう、それは確かに郷愁に近い感覚だった。そしてそれとともに、なにかこの世にただ一人、孤児のように投げ出されてしまったかのような感覚でもあり、まるで初めて地球に降り立った異星人の眼で、その壮大な天空のショーを見ているような、弧絶して途方にくれたものの感じる、世界との「異和」の感覚の体験でもあった。
 それは少年期における世界との一体感が崩壊していく過程での、この世界との広がりつつある距離の感覚だったのではないかと思われる。そして、私たちを包んでくれていた眼に見えぬ汎神論的なバリアーにほころびが生じ、私たちが生まれ育ってきたなじみ深く思い出に満ちた故郷の土地の四方を取り囲んでいたつい立が倒れ、私たちの前に、見慣れぬものとしての「風景」が、「地平線」が登場してきた時でもあった。夕焼けによって駆き立てられたこの郷愁にも似た感情こそは、故郷喪失者の眼差しで新たに世界と向き合った時の感覚だったのだろう。
 このタ焼け体験が、私にとっての少年期の終わりの告知を意味するものであるのかどうか、私にもわからない。むしろそれは少年期が終わったことの、漠然とした追認を語るエピソードなのだろう。では、少年期の終わりは どのようなものとしてあるのだろうか。それをはっきり見定めるためには、むしろ不在の体験―フィクションの 力を借りなければならない。
 
・・・・・・・・・・・・・・・スタンド・バイ・ミー

 少年期の終わりを主題とする物語がある。スティーヴン・キングの小説『スタンド・バイ・ミー」だ。そこでは原題の「The Body」というタイトルが示すように、鉄道事故で死んだ少年の死体を、四人の少年たちが探しにいくという二日間の冒険の旅が描かれている。死体を探しに行くーそれはなんとおぞましい冒険なのか。通常の 冒険物語で捜し求められるものは、「物語」の持つ要請力からいえば、黄金の羊毛にしろ、聖杯にしろ、英雄たちが冒険に費やした労苦に匹敵するだけの宝物でなければならないはずだ(たとえ結果的にそれがからっぽの箱だったとしても)。ここでは探求すべき宝はすなわち死体ということになる。探し求めるものが死体であり、それ以上でも以下でもないことは、この物語において始めから明らかにされている。それはどのようなファンタジーをも付着することをかたくなに拒む即物的な死体である。この考えるだけで気の重くなる冒険を、少年たちに強いる力はなんなのか。このファンタジーとしての冒険の終わったところに始まる冒険は一体なんなのか。
 
 あと何マイルも歩かなければならないと思うと、わたしたちの意気はかなり阻喪した。しかし、あるひとつ の興味深い事実が、わたしたちの心をとらえ、その暑さの中を、必要以上に速く歩を進めさせていた。わたしたちは例の少年の死体に取りつかれていたのだーこれ以上簡潔に、あるいは正直に、書くことはできない。害があろうとなかろうと、百ものこま切れの夢で眠りをだいなしにする力をもっていることがわかろうと、わたしたちはどうしても、死体を見たかった。見るだけの価値がある、と信じこむようになっていたのだと思う。                 (同書)
 
 探しに行く少年たちも、森の奥深くに横たわる少年も、ともに一二歳である。翌年、生きている少年たちは声変わりを迎え、ある朝目覚めた時、下着の前を汚すこわばりに気づくことだろう。同い年の死んだ少年を探しに行くこと、それはたんなる比喩をこえて、少年期と決別することを指し示している。
 この中篇小説は、四季をテーマとする四つの物語の一つを構成するものとして発表された。しかし、夏休み最後の週末に設定されている、この二日間の冒険の物語は、意外なことだが「夏」ではなく、「秋」の篇に入れられている。少年たちが死体を探しに出発する日は、小説の中で一九〇七年以来もっとも暑い日だったと語られる。夏の日の最後の輝きに満ちたその日に、少年たちは自分たちの象徴的な死に向かって旅立つ。夏がまだ十分夏である時、すでに季節はそこに留まろうとするものたちを置き去りにして、もどらぬ次の一歩を踏み出している。少年期の終わりも、そのようにあるのだろう。永遠と思われた一二歳の夏休みにも終わりはあったのだ。
 
 小説は、たまり場となっている樹の上の掘っ立て小屋に、四人の少年たちが集まっている場面から始まる。テディ、バーン、クリス、そして語り手の「わたし」であるゴーディ。テディは近視と難聴のハンディキャップを持つ少年だが、心のハンディキャップのほうが重くのしかかっている。八歳の時、錯乱した父親から受けた虐待によって両耳をつぶされ、それ以来心のバランスを取りもどせないまま、ぎりぎりに巻かれたゼンマイのように緊張をはらんで生きている。彼がもっとも得意とする遊びは、疾走するトラックの前に飛び出し、危ういところで身をかわすというものだ。
 バーンは小太りで、人の好い、だがどこか心も体も鈍重なところのある少年だ。クリスは、アイリッシュの貧困家庭に生まれ、人生を酒ビンの中に閉じ込めて生きている父親と、街のチンピラにしかなれなかった兄たちとの間で育ちながらも、勇気と思いやりにあふれた性格を持つ、少年たちのリーダー格の少年である。
 そして語り手である「わたし」は、内向的で臆病な少年であるが、夢想を物語として紡ぎ出す才能があり、それをもっとも評価してくれるのはクリスをはじめとする仲間たちだ。期待されていた兄が死んでから、両親はただ年を取っていくだけの機械になってしまっている。「わたし」がなにを言おうとも両親は永遠を見る眼つきで見返してくるだけだ。
 小説は、成長し作家となった「わたし」が、この少年時代の冒険を回想するという手法で語られていく。あたかも作者自身の過去を語るかのようにも読めるため、この物語がほんとうにフィクションなのか、自伝的な小説なのか、読む者を迷わせるところがある。ただ、次のようなくだりが挿入されていることから、これが作者スティーヴン・キングにとっても特別な作品であることがわかる。
 冒険から一四年後に初めての小説が出版され、祝賀会のためニューヨークへおもむいた「わたし」は、編集者と共にすっかりおのぼりさん気分であちこち見物したあと、スタッテン・アイランド・フェリーに乗る。そして波間に浮かぶおびただしい使用済みのコンドームを見て、冒険の途中にヒルに襲われた体験をフラッシュバック させながら、こう述懐する。
 
 わたしは彼に弁解しないでくれ、ニューヨークに来てフェリーに乗り、使用済みのゴム製品を見る必要などなかったのだと言いたい気持ちだったが、なにも言わず、くびを振っただけだった。本当は、こうも言いたかった。人がものを書くたったひとつの理由は、過去を理解し、死すべき運命に対し覚悟を決めるためなのだ、だからこそ、作品の中の動詞は過去形が使われている、わがよき相棒のキースよ、百万部売れているペーパーバッグでさえそうなのだ、この世で有効な芸術形式は、宗教と、ものを書くこと、この二つしかないのだ、と。               (同書)
 
 
 少年の死体を探すために共に行動している四人の少年たちは、すでに昨日までの、ただ一緒にいれば楽しかっただけの仲間ではなくなってしまっている。それに眼を向けまいとする「わたし」に向かって、クリスは──生まれた時の「時と場所」によって決定される占星術のホロスコープのように動かしがたい家族や出自の束縛から、早く大人になって逃れようと決意する決意するクリスは──、次のように語りかけるのだ。
 
「だけど、おれも自分を磨いてみようとするかもしれない。できるかどうかわからないけど、やってみてもいい。おれはこのキャッスル・ロックを出て、カレッジに行き、二度とおやじや兄貴たちの顔を見たくないもんな 。誰もおれのことを知らない土地へ行けば、スタート前から黒星をつけられずにすむ。だけどな、そうできるかどうか、わからない」
「どうしてだい?」
「人さ。人が足を引っぱるんだ」
「どんな人が?」わたしはクリスが言っているのは、教師や、新しいスカートがほしかったミス・シモンズのような怪物、あるいは、エースとかビリーとかチャーリーという連中とつるんでいる彼の兄のアイボール、彼自身の父親と母親のことかもしれないと思っていた。
だがクリスはこう言ったのだ。「おまえの友達はお前の足を引っぱっているよ、ゴーディ。おまえにはわからないのか?」クリスはテディとバーンを指さした。二人は立ちどまって、わたしたちが追いつくのを待っている。二人してなにか言いあって笑っている。バーンときたら腹をよじって笑っている。「おまえの友達はお前の足を引っぱっている。溺れかけた者が、おまえの足にしがみつくみたいに。おまえは彼らを救えない。いっしょに溺れるだけだ」
「おーい、来いよクズども!」まだ笑いながらバーンが呼んだ。
「ああ、行くよ!」クリスはそう答え、わたしがなにも言えずにいるうちに、走りだした。                               (同書)
 
大人になるというのはどういうことだろう。人はなぜ、黄金の少年期を後にして旅立たねばならないのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・王国はいかに亡びゆくか

アーサー王物語において、聖杯サン・グラールの探求の始まりは、筆頭の騎士ラーンスロットと王妃グィネヴィアの不倫の愛と共に、円卓の騎士たちの輝ける団結を脅かし、王国を滅亡へと導くものとなる。
 聖杯の秘密を握る漁夫王ペレスは、聖杯の出現を眼前にして、驚き怪しむラーンスロットに対し、次のように予言する。
 
「これはこの世に生をうけている者が手にする最高の宝です。そしてこれがあなた方の円卓を廻る時、円卓は 解散することになるでしょう。今あなたがここで御覧になったものこそ、聖杯なのです」          T・マロリー『アーサー王の死』
 
 そして聖降臨祭の前夜、アーサー王の居城キャメロットに全ての円卓の騎士たちが集うただ中に、忽然として空中に聖杯が現れ、その奇跡に魅入られた騎士たちが次々と聖杯の探求に出発することを誓った時、多くの有能な騎士たちが聖杯探求の途上で命を落とすことを予感して、アーサーはこう嘆く。
 
「君たちの誓いは私を殺すも同然だ。互いに保って来たこの世にまたとない立派な友誼を、私は失ってしまうことになる。ここから出て行けば、この世で再び一同が逢うことは決してないだろう。それは確かなことだ。」
                 ブルフィンチ『中世騎士物語』(野上弥生子訳)
 
 集団愛によって求心的にまとめられていた群団(バンド)から離れ、ただ一人で荒野へ、森の中へ、探求の旅に出ること、そこで死に近づく危険へと立ち向かうこと、それは子供時代を離れ、大人になるためのすべてのイニシエーションの中で課せられる試練である。それはかつては誰もが一度は通り抜けなければならない掟であった。
 「スタンド・バイ・ミー」における二日間の冒険は、少年期に留まろうとする者たちと、そこからおずおずと あるいは決意を秘めて出て行こうとする者たち、いや、すでにそれに気づくことによって永遠に少年期を後にした者たちとの、別離の旅立ちでもあった。少年期にしがみつこうとするテディやバーン、そして留まればそうなる自分たちの未来について、クリスはこう的確に予言するのだ。
 
「おまえが聞かせてくれた話は、おまえ以外の人じゃおもしろくないんだよ、ゴーディ。仲間とばらばらになるのが嫌だからって、おれたちとずっといっしょにいたんじゃ、仲間とうまくやっていくために成績がCになって、新しい不満が出てくるだけさ。ハイスクールに行って、くそったれの職業訓練コースをとって、消しゴムを投げて、他の不満家たちと足並みをそろえるようになってしまう。居残り。停学。そしてしばらくするとおまえの関心は車を手に入れて、ひどいブスを踊りにつれていくとか、トウィン・ブリッジズ・タバーンにくりだすとか、そんなことだけになってしまう。そのあげく、女を妊娠させ、残りの生涯を工場ですごすか、オーバーンの靴屋ですごすか、ヒルクレストで鶏の羽をむしってすごすか、ってことになる。さっきのパイの話 は、決して書かれなくなるだろう。なにひとつ、書かれなくなるだろう。なぜなら、おまえが頭の空っぽな、ただの皮肉屋になりさがっちまうからだ」
「わたしにこれだけのことを言ったクリス・チェンバーズは、そのときまだ十二歳だった。                              (同書)
 
  テディやバーンはすでに一二歳にしてすでに「大人」であった。それはイニシエーションを拒絶することによって、少年期のままに時間を止めてしまうことだ。クリスの予言通り、彼らはただの頭の空っぽな「大人」になっていくことだろう。多くのものが少年期の輝きを失って、ただの「大人」になっていくのはなぜだろう。好奇心にあふれ、世界に対する開かれた感覚に満ちていた子猫が、成長して惰眠をむさぼる飼い猫になってしまうように、それが成長というものなのか。
 
 私のいとこのジーンは、全然くだらない人間になってしまったし、スタンリーは最低の落伍者になった。かつて私の最大の親友であったこの二人のほか、もう一人の友人ジョイは、いま郵便配達人になっている。私はなにが彼らの人生をそんなものにしたかを考えると、泣けてくるのである。子供のころの彼らはじつに立派だった。
                へンリー・ミラー『南回帰線』(大久保康雄訳)
 
 郵便配達人になること、工場労働者になること、あるいは弁護士や医者になることが、くだらないのではない。イニシエーションを迂回してしまうこと、根源的な問いを忘れてしまうことが、くだらないのである。
 それは成長を止められてしまった植物に似ている。一二歳のテディやバーンにすでに見られた、そして大人になってからも彼らの人格を規定するだろうアンバランスさと鈍さ、それは大きな傷を、自然な成長を阻害してしまうほどのダメージをどこかで受けてしまったためなのか。土が固すぎて、十分に根を張ることができなかったのか、そもそも種が落ちたのがほとんど雨の降らない不毛な土地であったのか。
 投影法とよばれる心理テストのひとつに、一本の木を描かせるバウムテストというものがある。成長の途中でなんらかの心的なダメージを受けたものは、かならずと言ってよいほど、そのダメージを受けた年齢に一致する高さのところに(それが幼児期であれば根に近いところに、それ以降であれば幹の途中に)、木の切株や洞、折れた枝などを描く。それはテストする者が見ていて恐ろしくなってくるほどに、人はその心の中の見えない樹が受けた傷を、正確に描いてしまうものなのだ。しかしどんな不毛の土地にも育つ植物はあり、条件さえ整えば再び成長を再開するものだ、ということを忘れないようにしよう。
 さて、二日間の冒険はなんだったのだろう。それはなにかを得た体験だったのだろうか。いやむしろ、この冒険を終えて「わたし」がなにかを決定的に失ったことだけは間違いない。この旅の後、「わたし」は樹の上の小屋のたまり場には、二度ともどることはない。そこは少年期から出て行くことを拒否するテディとバーン、それに彼らの忠実な配下たちによって占領されてしまっている。そこはもはや少年期の王国ではない。そこには聖杯探求に旅立つ騎士たちを見送るアーサー王の嘆きはない。ただ、やみくもに王国の形骸を維持しようとする墓場の 番人たちが残っているばかりだ。季節は過ぎゆき、もどることはない。それを認めまいとすることは、人の行い得るもっとも大きな欺購のひとつであり、精神の死をも意味することなのだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・・種子と種子まく者
 
 少年期の終わりは、そのまま宇宙論的なイニシエーションの始まりである、と述べた。では、その宇宙論的なイニシエーションを人はどのようにくぐり抜けていくのか。ローレンス・ヴァン・デル・ポストの小説『種子と蒔く者(原題 The Seed and Sower)』(『影の獄にて』所収、由良君美・富山太佳夫訳)にそって見ていくことにしよう。
 この小説は、ヴァン・デル・ポストの生まれ故郷である南アフリカを舞台に、二人の兄弟をめぐるひとつの長い死と再生のイニシエーションについて、物語られている。物語は兄であるハンス・セリエの遺した手記として展開していく。
 兄のセリエは、金髪の美男で、眼はダークープルー、均整のとれた肉体を持ち、少年の頃からまわりの人々の 好意と賞賛を磁石のように引きつける天性があった。そしてアフリカの大地に生まれながら、その太古的な自然の力と対立し、やむことなく反抗するものとして成長する。セリエは、あたかも西洋的美の化神であるアポロンのように理想の肉体と精神を持った存在として、南アフリカの黒い血を制圧して君臨する白人種の象徴として描かれている。そして物語の始まりに彼は青年期のただ中にいる。セリエによって体現されている近代的知性というもの、その母体となったヨーロッパ文化はどこか青年期的な匂いがある。
 一方、弟は髪の毛も眼の色も黒く、肌はオリーブ色、背の低い頭の大きな不格好な体型で、動作もどこか不器用である。さらにこぶを持つ背中というスティグマを背負っている。しかし弟には奇妙な才能があり、彼が育てる作物はいつもたわわに実り、どの土地にどういう種を蒔けばよいかを直感的に知っている。また美しい声で歌う能力や隠れた水脈を見つけだす能力もある。しかしなにより際立つのは、その眼差しの持つ力であった。セリエは弟の眼の中をのぞくたびに、奇妙な不安感に襲われる。それは近代合理主義者の不安といってよいだろう。

 弟の深い眼が、どうしようもなく無防備であると思えることがあった。彼の眼はあまりに人を信じ、文明化された現代の打算や猜疑心をあまりにも知らぬように思えた。そしてこのために、その眼は(弟の内面の感情や意図については確信は持てないが)わたしや、わたしがものの見事に安息している世界にたいして、ある非難を浴びせかけているようだった。                       (同書)
 
 ここには、旧約聖書に描かれたカインとアべル、古事記の海幸彦、山幸彦などに見られる、神話的な兄弟の葛藤に託された自然と人工、大地とそこから解離した人間というテーマが見え隠れする。狩猟を趣味とするセリエはカイン、海幸彦とともに自然を征服するもの、あるいは合理性を代表し、弟はアベル、山幸彦とともに自然と融合して生きるもの、そして不合理なものを代表しているようだ。ここでの兄と弟の対立は、西洋と東洋(アフリカ)、合理と不合理、意識と無意識との神話的なスケールの対立を描いている。それらの神話がつねに兄が弟を 、つまり意識の側が大地の側を、虐げ、切り離そうとする衝動のドラマとして描かれるのはなぜなのか。
 語り手である兄セリエには、青年期の、そして近代合理主義のテーマである二元論的分離の葛藤が色濃く影を投げ落としている。
 
 けれどもわたしは、ナルシスのように水に映った自分の肉体にみとれていたわけではない。自分では美青年と思ったことはなかった。鏡や店の窓ガラスをのぞくことはよくあったが、誇りがあったわけではない。そこに自分が感じているとおりのものが映ってはしないか、とこわごわ盗み見るのであった。というのは、信頼のおける証拠とは裏腹に、わたしには自分が醜い人間であることがわかっていたからだ。他人が魅力的とするものが、魅力とこの醜さとがひとしく不可分に合体した、なにかより大きなものの外面にすぎないことを、わたしは知っていた。どうしてだかわたしは、自分が一人ではなく常に二人いるような気持ちを、いつもシャム双生児が夜ごとにわたしをテーブルとして食事をしているような気持ちを、相互に扶助し養いあうはずの兄弟が、にもかかわらず何故か疎外され、いつも相手のことを否定しているような意識をもっていた。                            (同書)
 
 合理的意識の象徴である兄の、弟である大地への裏切りが、魂の死として二人を共に少年期の王国から追放する。弟を殺したカィンが、神の怒りによって故郷の地から追放され、永遠に地をさまようものとなったように。
 その少年期の終わりを象徴するエピソード、手記の中でも「ストンピーのエピソード」と呼ばれるものを観てみよう。
 ストーリーの前後からすると、この事件が起きた時、兄は一九歳、弟は一ニ歳であったと推定される。兄のセリエの大きな楽しみのひとつにカモシカ猟があった。ストンピーとは角に奇形を持つあるカモシカの名前である。ストンピーはその奇形のため仲間の群れからは拒絶されているのだが、いつも群れから少し離れながらも、群れに危険が近づくとそれをいち早く察知して、仲間に合図のジャンプをして知らせる、群れ全体の敏感なセンサーの ような役割を演じていた。そのためセリエはストンピーのために何度も狩りの邪魔をされ、いまいましい思いを味わわされていたが、弟はそのカモシカに同一視的な愛着を感じて、ストンピーと名づけたのだった。
 ある日、家族から宴会のためのカモシカの肉を頼まれた兄弟は、二手に別れて、弟がカモシカの群れを追込み、兄がそれを待ち伏せて射止めるという作戦を立てる。そしてようやくセリエの射程内にカモシカの群れが近づいてきた時、待ち伏せに気がついたストンピーが美しいジャンプを繰り返して群れに危険を知らせてしまい、セリエはまたしてもチャンスをつぶされる。それまでストンピーに対する憐憫から殺すことをためらっていたセリエもこの時、私たちなら「魔がさした」と形容する心理状態の中で、ストンピーに向けて引金を引いてしまう。ストンピーの死体の処理をしながら、近づいて来た弟に対しセリエは、いま起きたことはさして重大なことではなかったものとして話しかけようとする。
 
 「うん?」馬からおりて、このカモシカを方付けるのを手伝ってくれるんだろう、とばかりにわたしは話した。「さんざん手こずったにしちゃあ、大したことないが、えっ?」
 彼は返事をせず、わたしの背後の血に染まった大地を凝視していた。
 わたしの言葉は言いわけがましった。「なにをくやんでいる?手を貸さないのか?」
  彼は重い頭を振り、返答を拒絶するような涙声で、眼をうるませながら、やっと言った。「いやだ、兄さん。手伝うのはいやだ。」そして突然声を荒げて、「よくも、よくも、こんなことを!」
 「馬鹿を言うな」とわたしは応じたが、うわべよりもはるかに狼狙していた。「ストンピーの望みだぜ。それにこの方が親切ってもんさ。面白いことなんかなかったろうし。誰も近づこうともしなかったんだ。」
  かつてみたことのないほど弟が激昂したのは、このときであった。「どうしてわかるの?」と彼は激しく詰問した。「生がこいつを必要としたに違いないんだ、でなきゃ、生まれてなんかこなかったのに。」                (同書)
 
 こうしてセリエの弟に対する何回かの微細な「裏切り」の決定的なとどめとしてこの出来事は起こったのだが、二人はそれを口外無用のとるにたらないこととして、それぞれの胸の奥深くへ埋め込んでしまう。このささいとも思える自分自身への欺瞞的操作によって、この出来事は、土から生まれたゴーレムのように、命を吹き込まれ、これ以降二人を支配するものとなる。生きていた時間は停止し、二人は魂を封印されたものとして、永遠のイニシエーションのただ中に宙づりにされる。こののち弟の口元から歌声は失われてしまう。
 そうして弟=大地なるものを殺して成長したセリエは、世俗的には弁護士として成功を収めるが、徐々に内部で彼が「無」と呼ぶものが増殖していき、過去に支配された生ける亡霊となって己の悪夢に触まれはじめる。
 
 三二の歳になるまで脱落もせずにやってこられたのは、内なる若さの突進力と世間の後押しや期待による、有形無形の支えのお蔭であった。が、このとき初めて、わたしは悲愁を感じ、またおびえた。遊びの精神がわたしの内部で凋落した。自分のなし遂げたことに意味はなく、自分の成功とは幻想にすぎないのではないかと いう思いが、みるみるつのり出したのだ。真夜中すぎに目がさめて、自分がどこにいるのか、誰なのか解らないことがある。法廷にいても、公の行事に列席していても、そこにいないような気分に襲われることもある。教会の時計を見ては、思うのだ、「いや、あれはわたしの時間ではない。わたしはあの時刻には従っていない。」あるいは、危うい尖塔の上で悠然と搖れる風見鶏を見ては、叫びたくなる。「お願いだ、おまえの仲間に、静かにしろと言ってくれ。」                  (同書)
 
 生の意味を見失ったセリエに、その時、天からの啓示のように一切を混沌の中にたたき込む解決策が現れる。第二次世界大戦の勃発である。セリエはすべてを投げうって、一兵卒として前線行きを志願する。そしてあちこちと転戦しつつ、いつも進んで危地に飛び込んでいくセリエは、いつしかエリート殺人部隊の指揮官となってパレスチナの地に赴く。しかし戦争の熱狂の中でも、その空虚さをまぎらわすことができないことに気づいた時、彼は戦闘や不発弾の処理の中での幸運な死を望むようになる。
 ある日セリエは、いつも夕暮れになると同じ場所にたたずんで、瞑想している修道僧に話しかけられる。かつて 第一次世界大戦の時にドイツ軍の水兵であったというその修道僧から、じつはその場所こそ、キリストが十字架にかけられているあいだ、使徒たちが不安に身を寄せ合って、夜を迎えようとしていた場所だったと聞かされる。
 その翌朝、セリエはひどい高熱に襲われる。死の接近を感じたセリエは、前日修道僧と出会ったその場所に体を横たえて夜を迎えようとする。熱におかされたセリエの眼の前に、ニ千年の時を隔てて、あの日と同じ、このタ刻に身を寄せ合って震える使徒たちと、聖痕から血をしたたらせながら、こちらに向かって近づいて来るイエスの姿が浮かび上がる。驚愕する弟子たちに向かってイエスは、「ユダの姿が見えぬようだな」と問いかける。弟子の一人が、ユダは裏切りを恥じて首をくくって死んだことを告げる。
 イエスは苦しげに「そんなはずはない。もしそうだとすれば、すべては徒労であった」とつぶやく。横たわっていたセリエは、その時ためらわず身を起こすと、イエスの足元にひれ伏して、自分がユダであること、そして弟への裏切りについて告白する。イエスは自分が救われるためにはユダが必要であったように、セリエに弟のもとへ戻り和解するように命じる。
 夜が明けるとセリエの熱はすっかり引いていた。彼はただちに一ヵ月の休養の許可を取ると、パレスチナから弟のいる南アフリカの地へと旅立つ。片道二週間の困難な旅程を経て、数時間の再会の時を得るために。一夜の死と再生の秘蹟によって、自分を縛りつけていた茨から解放されたセリエは、今度は弟の頭に乗せられた茨の冠 を取り去るために故郷に向かうのだ。
 
 わたしは弟を探しに行った。弟は庭園の中央で、実に辛抱強く丹念に、乾上がって枯れかけた木から木へわずかの水をひいているところであった。わたしのほうが先に気がついた。彼がまえより老けこみ、腰が曲がり、まるで乾いた大地に根づいたイバラの風情であったことは、いうまでもない。事実、すっかり大地の一部分になりきっていて、そこからはえ出たかと思われた。背中の瘤がまえにもまして目立つのに気がついた。しかし そのとき、彼はわたしの足音をききつけ、こんな不格好な体つきの人間には意外なほどひらりと、向き直った。わたしをみると、衝撃のため彼はその場に立ちすくんでしまった。黒い瞳がわたしのブルーの瞳をのぞきこむ。わたしにはその光が遠い過去の一点に幽閉されているのがわかる。わたしはそれをよく知っている。自由になったわたしには、それが実によく理解できるのだ。死とは人生の最後に起こる何かではないことを、ついこの間知ったばかりではないか。それは時間の一瞬に幽閉されることである。なんらかの絶対に非宥和的な行為とか、われわれのなかの或る一面に拘禁されることである。死とは、今の自我を更新できなくなることである。天国も地獄も、来世にあるのではない。地獄とは押しとどめられた時間。風と星の運動に加わるのを拒絶することである。                   (同書)
 
 セリエは、互いを縛りつけていた過去の裏切りについて語り、二人の心に刺さっていた古びたとげを抜く。一年にわたる千ばつによって荒れ果てた故郷の大地の空に、雨雲が急速に広がりだし、弟はあの事件以来たえて歌うことのなかった歌をうたい始める。こうして兄と弟の長かったイニシエーションの旅は、幕を降ろすのだ。
 
 少年期の終わりを告げる出来事は、目に見える変化を人にもたらすものではない。それはだれしもがそれと気づかぬうちに通りすぎてしまう微細な体験としてある。それがなんであったのかはわからないが、なにかを失ったのだという「ある痛みの感覚」として、それはいつも遅れて自覚される。あるいは私たちはそれをフィクションという過去形を用いた物語の中でしか回復できないものなのかもしれない。少年期の終わりは他に語り得ぬものとしてある。ただその痛みの感覚だけを、人はある決意のように持ち続けていく。そしてそれは、その変化に気づくことさえ不可能な微細さにおいて、直線的な成長という、連続的な変化とは決定的に異なる断絶を、神話的、象徴的変容をもたらすものであったのだ。少年期の終わりは、長く困難な宇宙論的イニシエーションの幕開きとして、根源的な問いを探求する孤独な旅立ちの始まりとして、ある。